夏休みの終わり
まだこの辺りは小中学校が休みらしく、登下校の様子はなかった。
今までもう終わりの2,3日前になると落ち着かなかったし、
盆明けには気になって、体の慣らすつもりで出勤したものだった。
毎日が日曜日になってからというもの、
かろうじて寝ながら考えたり、新聞やテレビで確かめたりする始末になった。
眠っていてはたと目覚めてから改めて、
そうか仕事に行く必要はないのだ、と復唱していたこともある。
子供たちに接し、何らかの会話や対応によって、
自分の置かれている位置を見直すことの毎日も意義があった。
春、自分の家に遊びに来たいという子からの便りがあった。
果物の収穫でも経験させてやりたいと思っていたら、
今年のできは良くなくて、
それなら夏に博物館にでも行こうかと便りを出しておいた。
ところが、こちらの携帯番号を書いてやったのだが、
返事は全くなくて、当てが外れてしまった。
唯一の計画らしきものだったが、見事にスルーである。
一度つまずくとなかなか次への渡りができないものなのだ。
この数日、30度は超えるものの風があり、
湿度は高いものの、暑さもそれほど気にならない。
夜降る雨で、草の成長も著しい。
草刈程度では追いつかない。
やはり「人力による草むしり」が効果的である。
ただ手間がかかり、一度にむしるのも限度で、
範囲を決めて少しずつやるしかない。
自己満足だけではなく、取った後がきれいでしばらく生えないから、
その甲斐がある。
今までもう終わりの2,3日前になると落ち着かなかったし、
盆明けには気になって、体の慣らすつもりで出勤したものだった。
毎日が日曜日になってからというもの、
かろうじて寝ながら考えたり、新聞やテレビで確かめたりする始末になった。
眠っていてはたと目覚めてから改めて、
そうか仕事に行く必要はないのだ、と復唱していたこともある。
子供たちに接し、何らかの会話や対応によって、
自分の置かれている位置を見直すことの毎日も意義があった。
春、自分の家に遊びに来たいという子からの便りがあった。
果物の収穫でも経験させてやりたいと思っていたら、
今年のできは良くなくて、
それなら夏に博物館にでも行こうかと便りを出しておいた。
ところが、こちらの携帯番号を書いてやったのだが、
返事は全くなくて、当てが外れてしまった。
唯一の計画らしきものだったが、見事にスルーである。
一度つまずくとなかなか次への渡りができないものなのだ。
この数日、30度は超えるものの風があり、
湿度は高いものの、暑さもそれほど気にならない。
夜降る雨で、草の成長も著しい。
草刈程度では追いつかない。
やはり「人力による草むしり」が効果的である。
ただ手間がかかり、一度にむしるのも限度で、
範囲を決めて少しずつやるしかない。
自己満足だけではなく、取った後がきれいでしばらく生えないから、
その甲斐がある。
この記事へのコメント
リタイヤした当時はトラブルの夢などで目が覚めることがありましたが、最近ではほとんど無くなりました。
生活の中心が変わって5年以上たっていますので、当然でしょうが。
昔、夏休みが始まった頃は、明日が輝きに満ちていましたが、終わる頃は、何とも言えない淋しさに満ちていました。
今は、年老いたせいか、感受性が鈍くなってきたように思います。
時々、これでいいかからこれでいいのだと気持ちを切り替えることがあります。
他にどうしようもないし、する気もないのでそうするしかないのですが、
寂しさもあります。
とても生活が充実しているとは言えませんので、
余計に感じるのでしょう。
>MEISANさん
初めの感激、期待感がだんだんあきらめと焦燥感に変わる、
これも感受性でしょうか。
「生きていて何をどうするんだ」と自問する日々です。